Daily "wow"

たまにしか更新しないのに文章長くてすみません。

Progressive Rockを聞いて(Pink Floyd雑感〜The Wallまで)

Wish You Were Here

Wish You Were Here

大ヒット後のアルバムというのは、どうしても世間の評価は厳しくなりがちなだが、Pink Floydの「炎〜あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)」もその例外ではない。「狂気(The Dark Side of the Moon)」の大成功から、このアルバムの完成までには紆余曲折があったらしい(新曲のライブ音源が海賊版に収められ大ヒットしてしまうなど)。
「狂気(The Dark Side of the Moon)」のトータルかつコンパクトな作りから、いったん路線を退化させ、5曲のみという実にプログレらしい曲数の本作。「狂気(The Dark Side of the Moon)」と比べられると厳しいものがあるのだが、Pink Floydの中では極めて親しみやすいアルバムだと思う。
アルバムの中核をなす狂ったダイヤモンド(Shine On You Crazy Diamond)は2曲に分けられた大作ではあるが、Echoesのようなとっつきにくさはない。曲全体を通して、ギルモアによる抒情的なギターがプログレっぽさよりもブルージーな雰囲気を作り出しているからだ。脱退したシド・バレットを意識したという人間らしい歌詞も、今まで以上にPink Floydを身近に感じさせる。
この大作に挟まれた楽曲、これまでならフォークっぽいウォーターズの楽曲が入るところだが、Welcome To The Machineはシンセサイザーを利用した緊張感のあるロックに仕上がっている。シンセサイザーの音はやや古臭いが、アコギとの絡みが何とも素晴らしい。
ロイ・ハーパーがボーカルを取ったHave A Cigarも前作のMoneyを彷彿とさせるコンパクトな作りである。ハーパーの何とも味わい深いボーカルと、はっきりとしたメロディ、薄く聞こえているシンセサイザーの音、とそれだけではPink Floydとは分からない曲だが、出来自体は秀逸。終わり方にPink Floydらしさを感じる。タイトル曲のWish You Were Hereになると、ますますPink Floydらしさは遠のき、実に親しみやすいアコースティックなロックナンバーとなっている。
こうしてみると、狂ったダイヤモンド(Shine On You Crazy Diamond)で辛うじて、Pink Floydがそれまで築いてきたプログレっぽさを感じはするものの、着実に「おせっかい(Meddle)」までの方向性とは離れていっていることが分かる。
Animals

Animals

曲数は5曲。「炎〜あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)」と同じ曲数だし、実質は10分以上の大作である3曲がメインとなっている。表面だけ追うならば、実にプログレらしいこの「Animals」だが、もうかつてのPink Floydらしさはない。
アコギとエレギが上手く絡んでいるDogsは実に綺麗にまとまっているし、出だしから狂ったような、それでいてどこかキャッチーなメロディを奏でるPigs、高揚を煽るベースラインが光るSheepと、佳曲がそろっている。ただし、以前のアルバムで受けたような不可思議な雰囲気が消え失せて、歌詞は政治色が強くなり、展開が長い極めてありふれたロックアルバムになっている。
もちろん、それでもPink Floydだ。曲のクオリティは低くはない。「狂気(The Dark Side of the Moon)」よりも分かりやすくて聞きやすいという人も中に入るかもしれないのだが、Pink Floydである必然性が薄い内容になっており、「狂気(The Dark Side of the Moon)」などで感じた只ならぬ雰囲気が消えてしまっていることを残念に思う。ただし、ギルモアのギターは前作に続き素晴らしく、個人的にこの人のギタープレイが好みなのだなということを再認識した一作ではある。
The Wall

The Wall

再びウォーターズは大がかりなコンセプトアルバムを作成する。1979年に発表された「The Wall」は全26曲という大作ながら、凄まじい勢いでのセールスとなり、「狂気(The Dark Side of the Moon)」以来のメガヒット作となった。
冒頭のIn The Flesh?のいかにもアリーナが似合いそうな重厚な作りから分かる通り、もはやプログレッシブな要素は捨て去っている(曲と曲を繋げ合わせる細工は相変わらずだが)。
初期の路線を期待して聞くのならば、このアルバムも「Animals」同様に今一つとなるのだが、純粋に一枚のアルバムとして見るならば、非常にレベルが高い一作だ。ギルモアのギタープレイ、ウォーターズのメロディセンスや印象的なベースラインが随所で光り、全26曲という大作ながらも退屈さを感じさせない内容となっている。
分けてもウォーターズのベースラインは見事で、Another Brick In The Wall Part 1〜Another Brick In The Wall Part 2まではベースだけでも飽きない。そこに乗せられたメロディも、ギルモアの軽やかなギターも実に心地よい。
The Beatles的なアカペラのハーモニーとメロディラインが光るGoodbye Blue Sky、びっくりするくらいロックバンドそのもののハードなYoung Lustは80年代以降のキャッチーなロックを予感させるなど、呆れるほどに引き出しの多さを見せつけて、Another Brick in the Wall Part 3に戻ってくる。
一枚目のこの構成だけでも、大したものなのだが、二枚目の冒頭Hey Youも実に良い。Another Brick in the Wallとはまた違った静かな緊張感を湛えたサウンドにぞくぞくと期待を寄せていれば、期待を裏切らないギルモアの熱いギターが聞こえてくる(以前のPink Floydならば、そこでまるで違うSEなどが流れてきただろう)。
Is There Anybody Out There?のシリアスな雰囲気から、ピアノの音色が光る美しいバラードNobody Home、これもいい。こういうシンプルで美しいバラードをPink Floydで聞くなんていうのは、初期の音源を聞いていたころには想像もしなかったことだ。
ミック・ジャガーのような枯れた味わいのあるボーカルのVera、何かのエンディングかのように仰々しいBring The Boys Back Homeを挟んで、Comfortably Numb へなだれ込むが、これはそれまでに比べるとのっぺりとした印象を受ける。ただし、どこか浮世離れしたような歌詞が狂気を感じさせるという意味では印象的。ギターソロの熱っぽさと歌詞が乖離してしまっているのが遺憾だ。困ったことにギルモアのフレーズはとんでもなく美しい。
再びThe Beatles的なコーラスが目立つThe Show Must Go Onだが、曲名のせいか何故かQueenっぽくも聞こえる。重厚なギターに支えられて凱旋歌のようなIn The Fleshが再登場する。普通のアルバムならここで、いや、もっと前に終わっていてもおかしくないようなシーンがたくさんあるのだが、まだまだ終わらない。
Run Like Hellのリズミカルなフレーズにびっくりした人は多いのではないだろうか。ダンスミュージックのように軽やかなバンドのリズムと安っぽさを感じるシンセの音は時代の流れを先取りしたものと言えるだろう。間もなくシーンは、重厚さとは無縁の華やかな楽曲がもてはやされる80年代に突入しようとしていたのだから。
Waititing For The Worms冒頭の大団円的なムードは少々やり過ぎ感があると思うのだが、中間のミュージカル風のコーラスが光る部分はむしろこれからアルバムが始まるような錯覚を覚える。コーラスを叫び声一つで遮る小曲Stopを挟んで、いよいよクライマックスのThe Trialが始まる。
物々しい雰囲気のこの曲は裁判の模様をミュージカルチックに描いた曲で、ヒステリックにわめく証人達と、魂の抜けたようにわが身を嘆く主人公が交互に歌い、最後には猛々しい判決のもとに、主人公の壁が破壊される。呟きのようなエピローグ、Outside The Wallの物悲しいメロディを残してアルバムは終幕を告げる。
一人の主人公が生まれてから、人生の終止符を打つまでのコンセプチュアルなアルバムという意味では「狂気(The Dark Side of the Moon)」と同じなのだが、曲の作りはまるで異なる。ウォーターズの引き出しの広さをこれでもかと見せつけるこのアルバムからは、「狂気(The Dark Side of the Moon)」のような異様な存在感は感じない。しかし、Abbey Roadの後半のメドレーをシェイプアップして、しかも一つのテーマでまとめあげてしまったウォーターズの手腕には本当に恐れ入る。プログレとしてではなく、普遍的なロックアルバムとして素晴らしい一作である。

Pink Floydはこの後、ウォーターズのソロアルバムに等しい「The Final Cut」、ウォーターズ脱退後に作成され、上手くウォーターズ不在を埋めあげた「鬱(A Momentary Lapse of Reason)」、現代的な音使いに徹した「対(The Division Bell)」を発表するのだが、これらのアルバムからはびっくりするほどにプログレの要素が消え失せている。それらを紹介するのは別の機会に譲ることにして、次からは別のバンドを紹介することとしたい。どのバンドにするのかはまだ決めかねているのだが。