「Singing Bird」や「羽」でかなり作曲家としても円熟味を見せていたソロ作品ですが、「只者」では先行配信曲、タイアップ曲を筆頭にその路線をさらに推し進めた曲と、歌詞に合わせて作風を後退させたような曲が混在する12曲となりました。「マグマ」の独特な作風にはもちろんなりませんが、個人的には「志庵」の路線に近しいものを感じました。ただ、歌詞の作風は内省的なものがぐっと増えて、それに伴い稲葉さんのソロの特徴でもある字余りな楽曲も増えています。
まもなく開催されるenⅣには十分に時間がありますが、1日かけて聴いた印象のメモはざっと以下の通りです。
ブラックホール
少しくぐもったアカペラから始まる1曲目。続くリフ~Aメロまでは暗めの「Saturday」のようなイメージ。歌詞は暗いというより自分への評価が非常に厳しい楽曲。特に二番の歌詞は歌詞だけ読むと中々に刺さるものがある。ほとんど声を張り上げないローテンションな楽曲だが、最後の「うずき出すこころ」というフレーズで、楽曲が大いに加速し始める。絞り出すような「Oh yeah」の声色が力強くどこか懐かしい。
Starchaser
TCK(東京シティ競馬)2024年度CMイメージソング。本日閉幕したen-Zeppでは「一番新しい曲」としてサム・ポマンティによる壮大なシンセのイントロが付与されて披露された。ブラックホールから星へのつながりが意識的かどうかは分からないが、夜の澄んだ空気を切り取ったようなイントロから、歌詞の通り自分への静かな問いかけへ。擬音を躊躇いもなく使ったサビの爽快さはソロ作品の中でも随一。夢見る若い人の楽曲ではなく、老いてもまだ走れるだろうと自らを鼓舞する楽曲で、「僕はまだ星追う者のひとり」というフレーズに全てが詰まっている。最後のサビで聞こえてくる英語のコーラスが風を切るようで気持ち良い。
Stray Hearts
フジテレビ系木曜22時ドラマ「あなたがしてくれなくても」主題歌。en-Zeppでは既に代表曲のような貫録を持っている楽曲。やはりドラマ主題歌であること言うこととTHE FIRST TAKEでの披露が大きい。印象的なギターのイントロから、間奏のコーラスまで思った以上にライブ映えする楽曲で、Zepp Hanedaを沸かせていた。
我が魂の羅針
スマートフォン向けゲーム『アスタータタリクス』エンディングテーマ。ドラムにはMr.ChildrenのJENが参加。「水路」「この手をとって走り出して」「水平線」といったバラードの傑作を生んできた稲葉ソロ作品の新たなバラード。ファンタジーの要素と得意のバラードが見事にマッチングした楽曲。ピアノとアコギ、そして印象的なコーラスが日常から意識を切り離してくれる。どちらかといえば日常的な言葉を織り交ぜがちなソロ作品だが、本曲ではそうしたことはせず、戦いの後の余韻を幻想的に描くことに徹している。少し細かい点だが二番の「歩いてゆく」の感情の込め方が本当に素晴らしい。また、最後のサビが終わった後の旅の終わりを惜しむようなパートがグッとくる。
VIVA!
シアン展で公開されていた歌詞との関連性が意外にもなかった楽曲。タイトルだけが生き残ったパターンかもしれない。陽気そうなタイトルにふさわしく歌詞も明るそうに見えるのだが、聞こえてくるのは渋い歌謡曲チックなメロディ。そうなると何だかちょっと気障な感じの歌詞に見えてくるから不思議だ。「いつだって今日の日が最後だと思って」のフレーズにAin't No MagicツアーのMCを思い出す。演奏自体はロックなのに、最後の「トゥルトゥルトゥトゥ」のコーラスまで含めなぜか昭和の匂いがする楽曲。
NOW
Reebok「INSTAPUMP FURY 94 MAGMA」CMソング。先のen-Zeppでもピアノとギターを用いた長いイントロのバージョンが披露されたが、音源は至極あっさり。「BANTAM」と共にアルバムのとっかかりとして制作された楽曲であり、共に蔦谷好位置によるプロデュース。常にどことなく泥臭さのようなものを感じさせる稲葉ソロ作品に対して、モダンなアレンジで新風を吹き込んでいる。本曲は通常のバンドアレンジでも十分に映える楽曲だと思うが、間奏のブラス音などに見られる少し空間を意識した音作りが現代的であり、シリアスになりすぎていないのでReebokというタイアップにも結果的によくあっている。
空夢
何だか夏を感じさせる涼やかなピアノの音色から始まって、「Boku No Yume Wa」のような残響強めのボーカルが響いてくる。陶酔感に浸れる夢から目が覚めてしまった後の何とも言えない虚しさを訴えかけてくる楽曲で、言葉が足りないことを表すような字余り気味のメロと、メロディアスなのに嘆きの念だけが伝わってくるサビの対比が印象的。「ブラックホール」と並んで、アルバムのイメージを決定づけている楽曲。歌詞とは裏腹にストリングスの風の音のような見事なアレンジや間奏での呻き声のようなシャウトが聴き所。ボーカルの熱を受け継いで歌うアウトロのギターも素晴らしい。元々は2012年ごろに作れらた楽曲だという。
Chateau Blanc
ドラムのリズムにピアノのスリリングなリフが絡むオールドスタイルのロックナンバー。冒頭から癖のあるボーカルも耳を引く。Chateau Blanc(シャトーブラン)は白いお城を意味し、実は本曲こそシアン展のコトバノカケラで綴られた歌詞の一部が曲となっている。小高い丘の上のお城の出来事を描いた欠片は分解され、現実から切り離されたと勘違いするくらいに情熱的な恋人の歌詞に生まれ変わった。もっともピアノのリフのせいか、どことなく不健全な響きもある。それにしても、「I don't care...We don't care」のコーラスに導かれて歌われる最後のサビの「ダイブ」の声の力強いことといったらない。
シャッター
タイトルのせいもあって前作に収録された「photograph」を思い出させる楽曲。作風もアルバムの中では前作寄りに感じる一曲。学校の前で記念撮影をしている母子がおり、母が娘の髪を直しているシーンを見かけたのをモチーフに描かれた楽曲で、何だか桜が咲いてそうな和風のイントロに、娘からの視点で歌詞が紡がれる。旅立ちの心持と感謝の気持ちを綴った素直な楽曲なのだが、サビではアカペラとファルセットを効果的に使って、曲をドラマチックなものにしている。「せっかくの前髪を」「仕方ない苦笑い」の歌い方は少しくどいのかもしれないけど、ものすごく好きな歌い方。
BANTAM
昨年、本作から唐突にソロ活動が始まった。「NOW」と同様に蔦谷好位置プロデュースの本曲、ボーカリストとしての稲葉浩志という人間の体をそのまま楽曲に押し込めたような楽曲でしなやかさと爆発力を秘めている。en-Zeppにおいても、ライブハウスのボルテージを最初のベース音だけでぶち上げており、アリーナツアーでさらにどのように化けるのかが楽しみな楽曲。
気分はI am All Yours
何だかちょっとふざけたようなタイトルとは裏腹に、非常に端正なロックナンバー。韻を踏んで流れていくようなサビの雰囲気がどこか90年代っぽさも感じる楽曲。間奏では「wow wow」というサンバっぽいノリに移るが「hey!」の掛け声で、ノスタルジーを感じさせるギターソロが登場する。シンプルなサビのフレーズの合間を縫って、何気ない動作を切り取った描写が出てくるのが面白い。「それもまたよき」というフレーズも何だか可愛らしく感じる。
cocoa
2010年に登場してから実に14年の時がたってようやく音源化された楽曲。元々は2004年にできた曲とのことで、「Peace Of Mind」の頃の楽曲。どことなく社会情勢の不安を訴えかける歌詞や初期ソロ作品のイメージなのも納得。アレンジは全く変えてないようだが、ボーカルは完全に録り直し。冒頭で息を吸い込んで低い声で「yeah」と言ってたのが、そのまま吐いているおで、分かりやすい。聞き返してみれば分かるが、やはり歌も歌い方も2010年当時とは大分に違う。自分に対するもどかしさを歌っている楽曲が多いその他の曲に対して、どことなく世間に対して冷めた目線を投げかけながら、相手に対する感情だけが本物と捉えている本曲はやはり他の曲とは一線を画す。よくできた映画のエンドロールのような楽曲で、色々言いたいことはココアの湯気とともに消えて、聞き手を日常にそっと戻すような役割をはたしている。
![【Amazon.co.jp限定】NEW ALBUM『只者』 (PREMIUM EDITION[CD+BD])初回出荷生産分のみロングボックス仕様・ロングポスターB封入 【Amazon.co.jp限定】NEW ALBUM『只者』 (PREMIUM EDITION[CD+BD])初回出荷生産分のみロングボックス仕様・ロングポスターB封入](https://m.media-amazon.com/images/I/51qT58A9LWL._SL500_.jpg)