2003年にリリースされた「THE HIT PARADE」の続編にあたる「THE HIT PARADEⅡ」がリリースとなりました。
全17曲というボリューム感のあった前作に比べると、10曲のみのコンパクトな作品に仕上がっています。また、ビーイング系列の女性歌手を起用して、女性ボーカルによる歌謡曲が中心だった前作とは異なり、男性ボーカルの比率がぐっと上がっているのも特徴です。また、打ち込みを中心にしたサウンドが特徴的だった前作と違って、バンドによる生の演奏となっているのも大きな違い。時間がなかったのはどちらも同じだとは思うのですが、10曲に絞ったことや原曲アレンジをかなり踏襲したことでバンド演奏を中心とした音源とすることが出来たのかもしれません。
画像からでは分かりづらいですが、装丁もかなり凝っており、いわゆるプラスチックのCDケースではなく、レコードを紙ジャケットで再販したような作りになっています。帯も敢えて昭和風のフォントを利用しているほか、CDはビニール袋には入れず、レコード風の台紙にセットしている(ぱっと見、大型の円盤に見えるので間違ったエディションでも買ったのではないかと疑ってしまいました)。
ポスターは折り込み、歌詞カードとライナーノーツはセットですが紙ジャケットに収めるためか非常にコンパクトなつくり。見比べたわけではありませんが、ライナーノーツはホームページでも公開しているものと変わらないかと思います。
前作同様に本作に伴うツアー等は予定されていないのですが、「Tak Matsumoto Tour 2024 -Here Comes the Bluesman-」ツアーで先行して披露された楽曲が特典映像として付属しています。「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は前作収録曲ですが、20年の時を経て松本さん自身による歌唱が先のツアーで実現し、その模様を収録しています。ライブ映像は4曲のみですが、ゲスト含めて和やかな雰囲気の中で演奏されていることを感じ取れます。個人的に行ったことがない会場ですが、想像よりもステージが近く、想像よりもステージが大きく見えました。
全体で40分に満たないコンパクトなアルバムですが、内容的には前作に引けをとらず濃いカバーアルバムになっていると思います。
1.六本木心中 (featuring LiSA)/原曲:アン・ルイス「六本木心中」(1984年)
昭和の女性ロックの筆頭歌手の一人であるアン・ルイスの代表曲。
松本とも親交の深かった桑名正博の元妻としても有名だが、現在は芸能界を完全に引退している。
シンセサイザーの大胆なイントロにギターが絡み、四つ打ちのリズムに乗せて歌われる軽快なロックナンバーなのだが、本作ではシンセサイザーもギターも増し増しにして昭和よりも平成初期のようなイメージに仕立てられている。
フェードアウトするのは原曲と同じだが、自然にフェードアウトしていく原曲に対して、本作ではライブ終盤のような激しいドラムを響かせながら終わる。もう少し聞かせてほしいくらいがちょうど良いのかもしれないがもう少し聞かせてほしかった。
ボーカルを務めるのは松本から曲提供したことで縁が出来たと思われるLiSA。鬼滅の刃のイメージが強いとは思うが、元々はアニメの中のガールズバンド、Girls Dead Monsterのボーカルを務めたことで一躍脚光を浴びた歌手である。アン・ルイスの歌声はまさにタイトルに相応しい六本木を彷彿とさせるが、LiSAの場合にはもう少し弾けた印象があり、六本木というよりは渋谷の女性かもしれない。
もちろん音源も良いが、TV出演時のパフォーマンスが素晴らしく、体を動かしながらコブシをきかせて歌う姿がかっこよかった。
2.木蘭の涙 (featuring GRe4N BOYZ)/原曲:スターダスト☆レビュー「木蘭の涙」(1993年)
「木蘭」は「木蓮」を意味する造語だという。よって、読みは「もくらん」ではなく「もくれん」となる。
アルバム収録曲の中では唯一平成リリースの楽曲であり、1993年のリリースである。松本自身はB'zのデビュー5年目であり、まさに全盛期を駆け抜けている最中である。本作はアルバムからのリカットシングル故にチャート上でのヒットには恵まれなかったが、楽曲の普遍性から多くの人にカバーされるなどして愛されてきた楽曲である。
本作がシングルリリースされた頃は、CHAGE and ASKAの「YAH YAH YAH/夢の番人」がチャートの1位を独走しており、翌週リリースされたB'zの「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」がその勢いを止めて自身最大のヒットシングルとなる。この2作が1993年の年間1位、2位となったほか、「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」を皮切りにシングルチャートをビーイング系のアーティストが18週間にわたり独占するなどの事件もあった。
まさに平成のCDバブル時代にリリースされた楽曲だが、そうした分かりやすいヒットシングルからは少し距離を置いており、オリエンタルかつ沖縄風のメロディで揺蕩うように愛をうたっている。イントロなしで歌われるサビのメロディが印象的だが、続くAメロの沖縄民謡とポップスの中間を行くメロディが個人的には好きなポイント。B'zでも「睡蓮」という楽曲があるが、同じようなメロディを使っている。また、合間に意外としっかりとしたギターのバッキングが聞こえてくるあたりに平成の匂いを感じ取ることが出来る。
GRe4N BOYZはGReeeeNが事務所変更と同時に改称したグループ名で、鈴木雅之に松本が楽曲提供した際に、作詞担当したのがHIDEという縁がある。アレンジについては原曲から大きく変えてはおらず、歌の合間にギターが主張しだすところも忠実に再現。ただし、中間の英語コーラスのパートはボーカルの音量を絞り、ギターをメインとしたパートに変更されている。また最後のギターソロからのピアノソロもオリジナルのアレンジ。
GRe4N BOYZのボーカルはまさにGRe4N BOYZといった感じで、原曲が根本要の独特の抑揚で歌われて少し湿っぽい印象なのに対して、もう少しからりとした印象を受ける。ただ、何も知らない人が聞いたらGRe4N BOYZオリジナルの曲なのではないかと思うくらいには曲とボーカルがマッチングしている。
3.落陽 (featuring TERU(GLAY))/原曲:吉田拓郎「落陽」(1989年)
日本におけるフォークの名手というか事実上の始祖である吉田拓郎の楽曲である。
女性ボーカルが中心だった前作では選曲されなかったが、本アルバムでは本曲に加えて、インストゥルメンタル「俺たちの勲章テーマ」も吉田拓郎作曲である。
「落陽」は苫小牧発仙台行きのフェリーに乗り込んだ主人公に対して、北海道で知り合った行きずりの老人がわざわざ見送りに来た短い情景を描き出している。身を持ち崩した老人とたまたま意気投合したのだろう、土産代わりに預かったサイコロ片手に老人との縁に思いを馳せながら沈む夕陽をフェリーから眺めるという、短いながらも物語性と余韻に富んだ楽曲である。
原曲はまずライブ盤に収録されたものであり、その後アレンジを変えたスタジオ版がいくつかリリースされている。フォークらしいアコギの響きの横で、まさしく燃える太陽のように弾かれるエレキギターの熱っぽさが印象的な楽曲である。頭のギターの入り方は松本のプレイにも通じるものがあり少なからぬ影響の度合いを知ることが出来る。
本作ではGLAYのTERUがボーカルとして参加。どちらかといえば、松本はTAKURO、稲葉はTERUとギター・ボーカル同士で親交があるイメージだが、音源上での共演はこれが初めてとなる(UNITE #01のライブ上での共演はあるが)。北海道出身で有名なので、苫小牧をキーワードにしたこの楽曲への参加はぴったり。
原曲は1989年にシングル化もされているが、サウンドは原曲を大きく離れて打ち込みを大胆に使用したアレンジとなっている。途中にはサックスソロも挟んだ上で、最後にギターソロが出てくるというフォークというよりもロックのフォーマットに沿った形式になっている。オリジナルに比べると曲の展開が派手すぎて歌詞がもつ風情をやや殺してしまっている感もあるが、これはこれで映画のエンドロールを見たような重厚感がある。
本作では元のライブ版のアレンジを採用しており、冒頭からエレキとアコギが交錯する。エレキのニュアンスは少し変えており、スタッカート気味にメロディーを区切って演奏しているのが印象的。TERUのボーカルはノリノリ。元々TAKUROが作るGLAYの楽曲には歌謡曲のテイストがあり、それを歌いこなしていたということもあるが、語りかけるような調子から次第に感情を込めていくボーカルはお見事。2番が終わり、ギターソロの途中で自然と「Hey!」の掛け声が出てくるあたりに、バンドマンなんだなということが伝わる。
出だしこそ原曲のアレンジだが、後半にいくに連れて盛り上がっていくのは後年のアレンジバージョンに近い。「豊かなる一日」や「つま恋2006ライブ」のバージョンでは、最後の「戻る旅に陽が沈んでいく」という曲を象徴するフレーズをコーラスが複数回繰り返しており、後を引き継いで長いギターの演奏が続くのだが、このバージョンも参考にしていると思われる。「あのじいさんときたら」と口先では揶揄うような調子なのだが、実際にはその心意気に深く感動した主人公の心情をより強調した形になっている。
4.銃爪 (featuring 稲葉浩志)/原曲:世良公則&ツイスト「銃爪」(1978年)
世良公則&ツイストは1977年にデビューし、その名の通り世良公則を中心としたロックバンドである。
既に欧米ではLed Zeppelin、Deep Purpleが切り拓いたヘビーでラウドなロックのピークを過ぎ、Sex Pistolsに代表されるパンクロックが古色蒼然としたロックを隅に追いやろうとしていた時代である。そうした欧米の音楽事情から時間差で登場したのが世良公則&ツイストであり、日本においてハードロックをヒットチャートに送り込んだ最初のアーティストの一つである。世良公則&ツイストデビューの翌年にはご存知サザンオールスターズがデビューし、方向性は違うものの欧米から学んだロックと昔ながらの歌謡曲、そこに桑田佳祐のセンスを含んだ独自のロックをヒットチャートに送り込むことになる。
タイトルは「ひきがね」と読むのだが、もちろん造語である。
原曲はドラムの短い音色から力強いギターのリフが遠慮なく聞こえてくるロックナンバー。今となってはそこまでラウドには聞こえないだろうが、当時の日本としてはとんでもなく喧しいギターの楽曲のように感じたのではないだろうか。さらにそこに咆哮するような世良のボーカルが轟き、タイトル負けしない楽曲像を作り上げている。自分に決して靡いてくれない女性に対して奮起を誓う力強い歌詞だが、途中相手を憐れむような調子のパートで曲調もメランコリックになるのが昭和的。
「勝手にしやがれ」以来となる松本孝弘 featuring 稲葉浩志がここで実現。前作以降、B'zとしてのカバー楽曲も増えており、直近では「Get Wild」、少し前なら「セクシャルバイオレット№1」があるため、二人の組み合わせでのカバーはそこまで珍しいものではなくなってきたが、存在感は流石だし余裕さえも感じる。
ドラムのイントロから最後のエンディングまでほぼ音源を完コピしている状態。間奏のギターソロの入りを少し現代的にしているが、印象的なギターソロはツインになっている以外は原曲通り。原曲はもう少し60~70年代のブルースっぽい響きがあるのだが、松本が弾くと端正なギターソロというイメージに変わるのが面白い。
世良公則は太い声を柔軟に使い分けていたが、稲葉は特に声色を変えるでもなくいつも通りのハイトーンで歌い上げている。稲葉としてキーに余裕がある楽曲だからか、2番では声を思いっきり張り上げ。世良のボーカルが曲中の女性に対する憐憫の情をうかがわせるのに対して、稲葉の場合にはもどかしい男性の気持ちが強調されているのが面白い。近年のカバーでは「らしさ」を強調するためか、シャウトやフェイクが多めになる稲葉だが、本曲でも冒頭やギターソロ前で荒っぽい声を久々に聴かせてくれる。
5.Yes-No (featuring 山本ピカソ (青いガーネット))/原曲:オフコース「Yes-No」(1980年)
オフコースの楽曲は前作でも「時に愛は」を女性ボーカルでカバーしている。それだけでなく、「Yes-No」も「時に愛は」も同じアルバム「We are」に収録された曲であり、松本がこのアルバムを好んでいることがよく分かる。
オフコースは紛れもなく昭和を駆け抜けたバンドなのだが、そのサウンドやメロディーには正直あまり昭和歌謡曲を感じない。本曲もオリジナルは1980年のリリースながら、収録曲中最も新しい「木蘭の涙」と遜色のないサウンドである。小田和正の透き通るようなボーカルが未だに変わらず耳にすることが多いため、地続き感を感じられるのも古さを感じない一つの要員かもしれない。
キーボードとボーカルの澄んだ雰囲気とは裏腹に「君を抱いていいの」というインパクトのあるフレーズとメロディでサビが展開される。こうしたフレーズが下品なものにならず、むしろ悩ましく寂しげなトーンになるのはオフコースというか小田和正ならではだと思う。二番を終えた後に差しはさまれるCメロで物憂げな雰囲気は頂点に達し、寂しげに佇む主人公の像がはっきりとしたイメージとして浮かぶようになる。
本曲はGARNET CROWのトリビュートグループである青いガーネットから山本ピカソが参加した。前作ではGARNET CROWの中村由利が「私は風」で堂々たる歌声を響かせていたが、2013年のGARNET CROW解散と共に残念ながら彼女は引退状態にある。山本ピカソの声は中性的であるという点で通じるものがあるが、どこか女性味のある柔らかさを感じる。
イントロのメランコリックなフレーズは、原曲のシングル版のイントロを模したもの。シングル版ではフリューゲルホルンの柔らかな音が入るのだが、サブスクなどで聞けるアルバム版はこれがない。全編を貫くキーボードはそのままに、曲の隙間に寂しげなギターのフレーズを差しはさんでいる。ハイライトであるCメロパートでは、頭からキーボードの代わりにギターがボーカルに寄り添い続くギターソロにそのまま感情を手渡すかのようなアレンジに変更。原曲はCメロ終わりからギターが音量を上げて出てくる構成だったのだが、松本らしさを感じる好アレンジ。
山本ピカソはこの曲の透明感と悩ましさを見事に表現している。女性ゆえにサビでそこまで声を張り上げていないのだが、それが良い塩梅で曲の表情を原曲から変えている。癖が強い楽曲とボーカルのカバーがひしめき合う中で、透明感のある本曲が一際目立っているのも面白い。個人的にはボーカル・ギター共に本作の中ではベストの出来。
6.ブルーライト・ヨコハマ (featuring 倉木麻衣)/原曲:いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」(1968年)
本アルバムからの第一弾先行シングルとしていち早く配信リリースされた楽曲である。
稲葉以外で前作からも継続して起用されたのは倉木麻衣のみ。20年の時を経て、ビーイングはB ZONEに名称が変わり、倉木が元々所属していたGIZA studioは事業内容を大幅に縮小し、倉木自身も所属レーベルを移している。随分と長い時間が経ったことを改めて感じさせる。
前作では山口百恵の「イミテイション・ゴールド」を歌唱したが、さらに時代を遡り、収録曲の中でも最も古い楽曲を歌唱することになった。何せ1968年の楽曲であり、松本・稲葉でさえも幼少期だった頃の楽曲である。
リリースから50年以上を経た楽曲であるが、横浜のご当地ソングとしては未だに有名であり、五木ひろしの「よこはま・たそがれ」や童謡の「赤い靴」同様に、何となく聞いたことのある曲ではないかと思う。
作曲は筒美京平であり、本作の大ヒットをきっかけに作曲家として大ブレイク。その後の活躍は言うまでもなく、B'zがカバーした「セクシャルバイオレットNo.1」も彼の作曲である。
原曲は昭和テイストをど真ん中で行く楽曲であり、令和どころか平成、昭和後期の世代にとっても古めかしい雰囲気を感じる楽曲である。カラーというよりもモノクロ、セピアの印象がある楽曲にいしだあゆみの時代特有の歌い方が色を添えて、横浜の街並みを照らし出す。何だか寂しい雰囲気のある楽曲に聞こえるが、実際には切なくも幸せな女性の心情をしみじみと歌った楽曲である。
原曲が割と派手な音で幕を開けるのに対して、ゆっくりと曲に入っていく形にアレンジされている。しかし、イントロを抜ければ楽曲のメロディーラインがギターで丁寧になぞられており、現代的なサウンドでオリジナルが持つ独特の雰囲気を大きく損なうことがないように注意していることが分かる。
切ない楽曲を滔々と歌い上げるのは倉木麻衣の持ち味の一つだが、オリジナルを意識しているのか、序盤はかなり感情を抑えた歌い方になっている。その分「歩いても歩いても」からのサビフレーズに気持ちがこもっている。少し微笑んで歌う倉木が良い意味でこの歌の雰囲気を盛り上げているとも思う。
7.白い冬 (featuring KEISUKE (Z)、YUJIRO (Z))/原曲:ふきのとう「白い冬」(1974年)
「白い冬」は1974年にリリースされたふきのとうのデビューシングルである。1970年代を代表するフォークデュオであり、1992年に解散し、その後再結成等は一切行っていない。北海道出身の二人で結成されたグループであり、活動拠点はずっと北海道だったが、年間200本以上のライブを行う精力的なグループだったという。松本はこの曲をバイト先の上司に聞かされて知ったという。ロックバンドZからKEISUKE (Z)、YUJIRO (Z)がボーカルを務めている。
自分の不足していることを書きあげても仕方ないのだが、本作収録曲の中で、曲名、アーティスト名、カバーしているアーティスト全てに知識がない楽曲である。アレンジは寺地秀行が担当しており、寺地は本曲と「傷だらけのローラ」のみでアレンジを担当。その他は全てYTことYukihide "YT" Takiyamaが担当している。
KEISUKE (Z)、YUJIRO (Z)が所属するロックバンドZ(ゼット)は長戸大幸プロデュースのバンドで2023年10月に結成されたばかり。長戸大幸プロデュースだが、B ZONE所属ではなく本作には参加していないギターのAZが長戸大幸と設立した株式会社XYに所属。現状は音源リリースとは行っておらず、ライブ活動と少し懐かしいアニソンのカバーの模様をYouTubeで公開している模様。
愛する女性が去った後の季節を白い冬と表現した歌詞を眺めていると、歌詞としてではなく一つの独立した詩としても成立するような美しさがある。女性と過ごした日々を思い出と共に捨て去ろうとする歌詞なのだが、「早や涙」「秋の枯葉の中に捨てた」といった詩的表現が光る。
原曲はイントロから音が分厚く重ねられているが、少しアレンジしてアコギの音を強調したシンプルなサウンドで始まり、次第に音を増やしていくスタイルを取っている。しかし、驚くべきはそのボーカルで、ふきのとうの原曲のイメージをそのまま再現しており、切々とした高い声で歌い上げる序盤から「もう忘れた」で始まる強いフレーズも完璧である。癖のない歌い方をしているので、逆にロックバンドとして普段はどのようなスタイルで歌っているのかが気になる。
8.時の過ぎゆくままに (featuring 上原大史 (WANDS))/原曲:沢田研二「時の過ぎゆくままに」(1975年)
前作の「勝手にしやがれ」に続いて、沢田研二の楽曲を選曲。
その経歴について説明はもはや不要だが、「時の過行くままに」は沢田研二最大のヒット曲である。1975年にリリースされた楽曲であり、1977年リリースの「勝手にしやがれ」より少し前の作品となる。「勝手にしやがれ」と同じ作詞:阿久悠、作曲:大野克夫のゴールデンコンビによって作成された楽曲であり、「太陽にほえろ!」のメインテーマでお馴染みの井上堯之バンドがバンドを務める。まさに昭和を代表するアーティスト・クリエイターが揃った豪華な一曲である。
ピアノの音に井上堯之のギターが絡みながら始まるバラードであり、沢田研二の物憂げな声が退廃的な雰囲気を加速させる。有名曲なので本作に限らず様々なアーティストがカバーをしているが、投げやりな気持ち、ぼんやりとした希望、仄かな艶めかしさを全てひっくるめて退廃的・ロマンティックさを演出するオリジナルの雰囲気を踏襲できた例はないのではないか。
この雰囲気を盛り上げているのが、随所に印象的に挟み込まれるギターの音だが、演奏は先に記載した通り井上堯之。前作収録の「一人~I Stand Alone~」の作曲者であり、自身でもカバーしている。ギターのトーンで聞かせる井上堯之のギターの音色は、松本の好みとも合致しており、井上堯之へのリスペクトも込めた選曲ではないかと思う。そういえば、91年頃のB'zのLIVE-GYMでは「太陽にほえろ!」をバックにバンド全員でコントをしていたこともあった。
今回ボーカルを務めるのはWANDSから上原大史。メンバーチェンジを経た末に活動を停止していたWANDSだが、上原大史を迎えて2019年に再始動し2020年に第5期としてCDリリース、活動をコンスタンスに続けている。低めの声と癖のある歌い方からWANDS初代のボーカルである上杉昇へのリスペクトが多分にうかがえるが、もちろんただ真似するだけではなく、新しいWANDS像を作り上げている。とは言え、一聴すると上杉昇が歌ってるのかと錯覚するのも確か(上杉昇自身は当然、WANDS在籍時とは声色が変わってきているのだが)。
原曲ではギターが狭い部屋の奥で鳴っているような響きだったが、ピアノと同じく前面にギターが出てきたサウンドとなっている。サウンドこそ現代的に聞こえるが、フレーズ含めかなり原曲に忠実に演奏している。上原のボーカルは原曲の退廃的な雰囲気は敢えて捨て去り、上原らしいボーカルで歌いきっている。ロマンチックなバラードに仕上がっているともいえるが、原曲を思うと少し力強さが前面に出過ぎているようにも聞こえる。原曲が二人の儚さを表現しているのに対して、こちらは渋さや「窓の景色も変わってゆくだろう」というフレーズの希望を強調しているとも言える。
9.傷だらけのローラ (featuring 新浜レオン)/原曲:西城秀樹「傷だらけのローラ」(1974年)
西城秀樹と聞くと「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」を思い出す人も多いかもしれない。
西城秀樹は1970年代のアイドル歌手として一世を風靡した新御三家(郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎)の一人であり、日本でスタジアムツアーを始めて敢行し、スタジアムにおけるド派手な演出の先駆者である。本作は彼が紅白歌合戦に初出場した際の楽曲であり、明朗快活な「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」のイメージとは異なり、絶唱系と呼ばれた力強く情熱的なボーカルが特徴的な曲である。
西城秀樹はアイドル歌手の括りに入り、そのような甘い曲が多いのも事実だが、豊かな声色と確かな歌唱力を活かして時々こうしたアイドルの枠をはみ出た強い楽曲をリリースしている。個人的なお気に入りは「若き獅子たち」なのだが、それについては一旦置いておく。ライブでは70年代~80年代にヒットしていたお馴染みの洋楽をカバーしており、これがまた素晴らしい。もちろんバンド演奏がついていけてない部分はあるが、洋楽を日本的なアプローチで歌って様になる人は中々いなかったのではないだろうか。
さて、本曲はオリジナルではギターのイントロとノイズのような打ち込みが合わさる中に昭和的なピアノの音が響くのだが、ギターによるすっきりとしたイントロに変更している。またイントロ以外はあんまり表に出てこないギターの代わりに昭和らしいブラスの派手な間奏が響き渡るのだが、それをまるっとギターソロに差し替えたほか、テンポが上がるサビのパートの裏に得意のバッキングを加えることでスリリングな展開を強調している。この少し懐かしい気配のするサウンド作りは寺地秀行によるもの。
西城秀樹はこの曲を力強く声が掠れる勢いで歌い上げたが、新浜レオンは十分な余裕をもって艶やかに歌い上げている。元々西城秀樹の大ファンであり、自らもカバーしていた新浜レオンだけにその歌いっぷりは堂々たるもの。原曲においては最後のサビ前で「ローラ!」と絶叫するのだが、さすがにそこは割愛され、二度目のギターソロとなっている。また、原曲では男女混声のコーラス(女性強め)がアクセントになっているが、男性のみのシンプルなコーラスに変更されている。
なお、1993年のB'zのRUNツアーの映像演出において、稲葉扮するネイティブアメリカンのイネーバが「ローラ!」と物真似するシーンがあり、ファンクラブ向けの映像にもそれが収められている。
西城秀樹の楽曲は一部を除きサブスクが解禁されていないため、本曲のみサブスクで原曲を聞くことは出来ない(配信リリースはされている)。
10.俺たちの勲章テーマ/原曲:トランザム「俺たちの勲章テーマ」(1977年)
エンディングはゆったりとしたインストゥルメンタル。作曲は吉田拓郎であり、松田優作、中村雅俊主演の日本テレビ系刑事ドラマ「俺たちの勲章」のメインテーマである。後に歌詞を付けて「あゝ青春」としてリリースもされている。松本はこのドラマを見ていた当時は特にギターに興味を持っていなかったが、当時から良い曲だと感じていたという。
原曲を聞いてみると、びっくりするほど松本孝弘のような音が流れてくる。分かりやすいところでは「Riverside Blues」を聞いてもらえると共通した雰囲気を感じ取ることが出来るだろう。
古いピアノをかき鳴らしたようなイントロから、ギターが奏でるシンプルなコードの繰り返しに、口笛のような音などが加わりノスタルジー感を強めていく。こうした部分を含めて松本はかなり忠実にコピーしている。それだけ原曲に自分の音楽との近さを感じたということだろうか。原曲ではサビではギターが後退するのだが、そこはしっかりとギターで聞かせてくれる。
また、サウンドトラックらしく原曲は2回目のリフレインと共にフェードアウトしていくのだが、その後にオリジナルの展開を若干ではあるが追加して曲にオチをつけている。突然妙に松本らしいフレーズが飛び出してくるので分かりやすいと思う。
本作のリリースとあわせて、前作「THE HIT PARADE」の配信サービスでの解禁が決定しました。「勝手にしやがれ」「異邦人」を筆頭に本作とはまた違った方向でのカバーが光る作品なのでこれは嬉しいですね。全17曲の内の14曲が解禁されています。解禁されなかった3曲については、歌唱されているアーティストとの折り合いがつかなかった等の理由が予想されます。その影響かどうかは分からないのですが、ジャケットも味のあるオリジナルからⅡに合わせたものに変更されてます。配信サービスにおいてあまりジャケットは意味ないですが、ちょっと残念。
bz-vermillion.com
「THE HIT PARADEⅡ」については、リリースをもってプロモーション含めた活動が一旦終了。作品の特性とスケジュール上やむを得ないですが、ツアーでお披露目、告知、TV出演、リリースと色々順序が普通とは逆転していました。
takmatsumotogroup.com
松本さんとしては9月からはいよいよTMGリリースとツアーが控えています。割と大盤振る舞いだった「THE HIT PARADEⅡ」と比較して、「TMGⅡ」は曲目等以外は一切が明かされておらず、ようやく先行リスニングパーティーが発表され、つい先日リード曲がラジオで解禁されました。
雑誌のインタビューを見る限りでは、骨太だった前作よりも作風はもう少しバラエティに富んでいるようです。気が付けばこちらもリリース1か月を切っている状況です。一通りのソロ活動を終えた稲葉さんと入れ替わる形ですね。