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たまにしか更新しないのに文章長くてすみません。

さざなみCD

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  • さざなみ【細波/小波/漣】*1
    1. 水面に一面にできるこまかい波。「―が立つ」
    2. 小さな心のゆれや争いごとのたとえ。
    3. 琵琶湖南西部沿岸地の古地名。「―の国つ御神のうらさびて/万葉 33」


さて、スピッツのさざなみとはどんな意味か。個人的には「小さな心のゆれ」を取りたい。前作スーベニアではストリングスを中心としたバンド外の音を大きく取り入れてアップテンポからバラードまで変化をつけたポップアルバムを作り上げていた。今作も方針としては大きくは変わらないが、バンドの音がより前面に出て、派手な楽曲は姿を消した。よりメロディー重視に、でもベタベタのメロディーにならないように。結果として、アルバム全体の起伏には乏しくも、何度でも聞けるアルバムに仕上がったように感じる。個人的な好みとしてはスーベニアみたいに派手に鳴らしたアルバムも嫌いではないのだけど、スピッツというバンドが本来持つイメージに近いのはこちらのさざなみCDだと思う。大きな心の揺れは生まないけど、絶えず小さくこちらの心を揺らすアルバムではないかなと思う。
アルバムはアコースティックギターのざっくりとしたイントロが印象的な僕のギターで幕を開ける。前作で強烈な爽快感をもたらした春の歌に比べてインパクト面で劣るのは否めない。でも、宙に浮いたようなエレキギターの音としっかりと地に足をつけたドラムとベースが一体になるサビの過剰でない壮大さがアルバムの本質を表しているように感じる。何だろう、ここがいいというのではなく曲が放つ雰囲気とか空気が良い、と思える。タイトルナンバーにあたる漣の方が本来はアルバムの空気を表しているはずなのだが、漣のスピーディーな感じがどうにも違う気がするのですよ。漣の音の感じはスーベニアに近い気がするし。
桃やNa・de・Na・deボーイはスピッツの弾けたポップセンスが光る楽曲。桃の方はしっかりとしたメロディーメイキングが光る曲で、シンプルな編成ながらも凝った音を聞かせるバンドの音が耳に残る。Na・de・Na・deボーイはタイトルがもう凄まじい。ひょうきんなタイトルに相応しい飄々とした歌詞と曲に笑みをこぼしてしまう。もう一個、ポップなスピッツを感じさせてくれる楽曲があった。シングルの群青。二人のゲストコーラスを迎えたポップナンバー。短いAメロにサビという実に単純な構成を楽しく歌い上げる。群青とは海の意味だけど、夏らしさより澄み切った青の水平線を強く訴えかける楽曲だと思う。
魔法のコトバや不思議はハチミツの頃の明るくも切ないスピッツの再現のように感じる。ハチミツとクローバーの映画版主題歌に起用された魔法のコトバ。チェリーを思い出すといったら失礼になるのだろうか。でも、魔法のコトバ=愛してるでも間違ってはいないと思う。最大の違いは「強くなれる気がしたよ」と過去形のチェリー、今もまだ続く魔法を歌う魔法のコトバ。個人的には、サビ後の転調が好き。花だけでなくトゲも根っこも美しいはずという歌詞には感動した。不思議はThe BeatlesのYou're going to lose that girlを思い出した。楽しい恋の歌だよね。戸惑ってるくせに楽しんでるというか。
アルバムの中でやや主張の激しいのが点と点とトビウオ。どちらもアップテンポの部類に入る曲で、点と点はスピーディーなギターのイントロから始まる。シリアスな雰囲気を漂わせたイントロの割に歌詞はいたって真っ直ぐなもの。トビウオはロックナンバーの範疇に入るだろうか。夏の匂いがする、と言っても汗の匂いがしないのがスピッツなのだが、歌詞通り波にもまれながら一気に海面を飛び出るトビウオのようなキレのあるサビが印象的。これはシングルでもいけたんじゃないだろうか。
異色。それはネズミの進化。バンドの音は実にロックなのに、何かおかしさがある。Bメロと思ってたらいつの間にかサビになってたり、どうにもこうにも煮え切らない感じがネズミらしいというか。ちっぽけな度胸を歌う歌詞が本当に面白い。間奏で一旦溜めてからギターソロへ移行するあたりは実にロックなのだが。
Pと砂漠の花は感動的なバラード。ローズピアノの奏でる柔らかな音に乗せて、草野さんがその声の美しさを発揮するP。とにかくローズピアノと草野さんのハーモーニーが絶妙。普通のピアノだと多分駄目なんだと思う。最後のサビ頭で低く入るギターがまた上手い具合にドラマチックに仕上げてる気がする。砂漠の花はアルバムのトリを飾る。イントロからベース音が印象的。Pとは対照的にバンドとアコースティックピアノの絡みで聞かせる感動的なロックバンドのバラード。砂漠の花というタイトルに象徴されるちっぽけな生き物の強さを感じさせてくれる曲。ギターソロも良く作られている。このバラードで一番ロックバンドっぽさを感じるというのも不思議な感じだ。
そして最後まで語らなかったシングル、ルキンフォー。これは名曲である。バンドとストリングスが一体となったイントロからして名曲臭が漂ってますけどね。疲れてきった男の小さな強さ。疲れた不器用な男が坂道をただ歩いていくだけのイメージ。たったそれだけなのに坂道の途中には色々なことがあって、時々振り返りながらも足だけは前へ前へと進んでいく。この曲も間奏が実に良い。間奏がサビへと向かって動き出した後よりも、その前の溜めの部分に美しさを感じる。どうにもこうにも名曲である。こればっかはスーベニアはなかったものだと思う。この男らしさがさざなみのように僕の心を揺らし続けている。

*1:三省堂提供「大辞林 第二版」より