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Bluesman

Bluesman (初回生産限定盤) (CD+DVD+Tシャツ+ピック付)

Bluesman (初回生産限定盤) (CD+DVD+Tシャツ+ピック付)

  • アーティスト:Tak Matsumoto
  • 発売日: 2020/09/02
  • メディア: CD
単独でのソロ作品としては、enigma以来4年ぶりの作品となりました。インタビューで「最高傑作」と作品への自信をうかがわせていた松本さんですが、その自身も納得の出来です(もっとも、松本さん自身は最新作が常に最高傑作というスタンスです)。

カバーもセルフカバーも一切含まない松本さんの完全オリジナルアルバムは意外と少なくて、これまでにミニアルバムの西辺来龍 DRAGON FROM THE WESTくらいしか例がありません。過去のアルバムの曲目を改めて眺めてみると、他アーティストのカバー、B'zや自身の曲のセルフカバー、ライブで披露した曲のリメイクといった感じで何らかの過去曲があるのですが、今作Bluesmanは新曲のみを引っさげてのリリースとなりました(enigmaは#1090 ~Million Dreams~はボーナストラックのようなものですし、KNOCKIN' "T" AROUNDもCDでは初出しの曲ばかりでしたが)。

Bluesmanというタイトルを打ち出してはいますが、本人も認めている通りいわゆるブルーズと呼ばれる曲調を集めたアルバムではありません。ブルーズをルーツとした多くのロックミュージシャンがいて、そこから影響を受けた松本さんが自分なりのブルーズを捻り出したアルバムです。曲調ではなく、ブルーズに込められた感情や雰囲気を詰め込んだとでも言うべきなのでしょうか。

BOOGIE WOOGIE AZB 10 からRainy Monday Blues ~茨の道の前半戦がブルーズの要素を込めたていて、陽気さの中にもどこか大人びた雰囲気を感じます。

中盤の月光かりの如くから花火はマイナー調のメロディーが際立つ美しいパートでアルバムの中核を担っていると言えるかと思います。このメロウでロマンチックな曲たちは華以来ご無沙汰してたなという印象です。良くも悪くも仰々しい感じになるので、ジャズをメインにしていた頃は出てこなかったんだろうと思います。

終盤は比較的ポップ志向の明るいノリが目立ちます。前半戦の賑やかさとはまた違っていて、4曲それぞれが個性を発揮しています。ある種のメドレーのようにもなっている中盤戦とは違って、粒揃いという印象です。お遊びっぽい実験要素も随所に見られます。

enigmaもそうでしたが、TAKE YOUR PICK~New Horizonで顕著だったジャズ路線は完全に姿を消しています。曲の中の楽器の緩急の付け方は当時の路線が生きているのかと思いますが、曲主体だった当時とは異なり、ギターを聞いてくれと言わんばかりの熱のこもった演奏が耳をひきます。

1. BOOGIE WOOGIE AZB 10
松本さんのソロではすっかりお馴染みの地名が入った楽曲。今回の麻布十番をAZB 10(エーズィービーテン)と捻った表記になりました。古くは御堂筋BLUEから始まり、Tokyo Nightあたりから定番化した地名入り曲、どちらかと言うとシックな曲調が多いのですが、今回は出だしからブラスが絡む非常に賑やかな楽曲になりました。ブラスの音を縫ってデウスっぽい溜めのフレーズが顔をのぞかせます。

この曲は寺地さんが基本をアレンジ、ブラスをYTがアレンジと得意な部分を分担してます。そのせいか恐ろしくゴージャスでビッグバンド風の仕上がりになっています。このアレンジの組み合わせ、今後もありなのではないでしょうか。

ドラムはブリタニー・マッカレロ、New LoveでもRain & Dreamやゴールデンルーキーを叩いた女性ドラマーです。ベースのスティーヴ・ビルマンはElectric Island, Acoustic SeaでFujiyama Highwayを始めとした楽曲で共演しています。オルガンにはすっかりお馴染みとなったジェフ・バブコ。組み合わせ自体は初めてですが、ここ数年で松本さんが新たに知った外人ミュージシャンが結集した形です。ジェフ・バブコ以外はHere Comes the Bluesmanのツアーメンバーでもあります。

松本さんが信頼してやまないグレッグ・ベイルはこの曲を始めとして多数の曲で参加していますが、1曲目からいきなり見事なサックスソロを披露してくれています。彼の長尺のソロに対して松本さんはスティーヴィー・レイ・ヴォーンのシグネチェアモデルのストラトで応答。ヴィンテージもののギターの使用が多いアルバムですが、この曲はスティーヴィー・レイ・ヴォーンモデルを通しで弾いています。

2. Actually
氷室京介さんと共演したという意味では贅沢な1曲です。近年のソロ作品には必ず何らかの形でボーカルが入る曲を入れていましたが、日本人との共演は松本さん自身の作品ではTHE HIT PARADE以来でしょうか。ブルーズというよりはロックといってよいでしょう。非常に大人びたトーンの楽曲に氷室さんの低くも艶やかな声が心地よく響きます。

この曲では久々にドラムにシェーンが登場、ベースもお馴染みのトラヴィス。二人ともGood Newsでも演奏しています。いわゆる歌ものについては、この二人が安定しているという松本さんの考えがあるのかもしれません(Good Newsは歌ものではありませんが、限りなく歌ものに近い楽曲です)。

頭からぶんぶん回るベースの音が心地よい。音の隙間を埋めてくるのは、斉藤ノヴさんのパーカッションの音。DINOSAURで久々に共演してから斉藤さんの起用率は上がってきているように思います。ギターソロの裏でコトコトと鳴らすパーカッションが気持ちよいですよね。

アレンジとバックコーラスはもちろんYT。勝手知ったるとはこのことでしょうね。

3. Here Comes the Taxman
ホンキートンク調の鮮やかなピアノが耳をひく1曲。この曲が一番アルバムタイトルからくるイメージに近しい楽曲かもしれません。曲のタイトルに深い意味はないと語る松本さん。この曲もThe BeatlesのTaxmanという楽曲から何となく付けた模様。

ホンキートンクピアノと松本さんのブルージーな演奏を経て、ドカドカと賑やかなドラムが聞こえてきます。このドラムは昨年のサポートメンバーであるブライアン・ティッシーです。ブライアンはINABA/SALASにも顔を出したりと、二人の信頼具合が伺えます。

粘り気の強いギターの後にはジェフ・バブコのウーリッツァーのソロパートが顔をのぞかせます。ウーリッツァーのソロパートというとジャズっぽくなってもおかしくないと思うのですが、分厚いバックバンドがロック寄りのブルーズであることを譲りません。終盤のギターソロで少しメロディアスでキャッチーな音が出てきちゃうのが松本さんらしい。

この曲はストリングスのスリリングな音もお見事で、曲の隙間を見事に埋めてきています。

4. Be Funky !
この手の賑やかで明るいノリは松本さんがジャズ路線だった頃も必ず1曲は入ってたように思います。That's Coolのノリに近い楽曲ですね。ブリタニーの乾いたドラムから始まる演奏は良い意味でも悪い意味でも「あれ、どこかで聞いたことあるかな?」と馴染みのある展開です。

中盤の長めのギターソロで展開を崩していくのですが、その裏でのブリタニーの割と自由奔放なドラミングが個人的にはツボですね。NEW LOVEではもっとかっちりしたイメージがありましたが、彼女も今後の共演の機会が望まれるドラマーですね。最後はジェフによるオルガンソロで終了。

曲のとおり、あんまり凝った展開ではなく、ファンキーさ重視かと思います。

5. Rainy Monday Blues ~ 茨の道
ギターの気だるい調子の演奏から始まるパートが恐らくはRainy Monday Bluesで、その後のがっつりとバンドが入ってくるパートが茨の道と捉えています。

Here Comes the Taxmanと同じような曲展開の仕方ではあるのですが、小野塚さんのローズ・ピアノがジェフとはまた違う印象を曲にもたらします。小野塚さんによる終盤のオルガンソロとBe Funky!のジェフのソロを聞き比べてみるのも面白いなと思います。

この曲ではブラスやストリングスは一切登場せず、シンプルなバンドスタイルで演奏されています。その分松本さんのギターはかなり分厚く重ねてあり、ギターの音色は多彩な楽曲です。

6. 月光かりの如く
ここからがアルバムの中盤。YTや外人バンドを中心としたそれまでの曲とは異なり、ここからは寺地さんを中心とした日本人バンドになります。ドラムはNEW LOVEでも叩いた玉田さん、ピアノは小野塚さんという盤石の布陣。ベースの種子田さんは稲葉さんのSinging Birdで演奏していますが、松本さんと絡むのは初めてではないでしょうか。YTは最初期のプログラミングのみ担当して、後は寺地さんに受け渡したとのことです。

さて、アイスショーの氷艶にて、いち早く音源が部分的に届いていた月光かりの如くですが、今回の収録にあたってソロ曲として再度構成を練り直したとのこと。7分半という長尺ではありますが、構成が複雑というわけではなく主旋律を丁寧に繰り返した結果長くなったというだけです。聞いていると割とあっという間に7分半は過ぎます。

ピアノの凛としたイントロから始まり、ギターの雄大なメロディがどこか遠い場所で月を見上げているような情景をイメージさせます。ストリングスや二胡に混じって聞こえてくる篠笛の音が、和の雰囲気を盛り立てているように感じます。

2002年にリリースされた恋歌や華の2020年版とも言える美しい曲調で、その2曲同様にチェン・ミンさんの二胡をフィーチャーしています。冒頭から煌びやかな恋歌よりは華に近い印象を受けました。ポロリポロリとメロディを奏でるギターがしなやかな二胡の音とバトンタッチを繰り返しながら、サビでは見事なユニゾンを披露してくれます。

盛り上がるサビから5分過ぎの物憂げなギターのトーンで終わると見せかけて、その後にクリーンなギターソロを挟みダメ押しでサビを連発するしつこいまでに濃い構成が素晴らしい。これくらいがっつりした曲構成が大好きです。あと、サビの後半とでも言いましょうか、ちょっと中華風のメロディに切り替わる部分も鮮やかでいいんですよ。

7. 漣 < sazanami >
次のWaltz in Blueへのイントロとも取れる楽曲で波の音で始まり、波の音にさらわれていくように終わる儚い印象の楽曲です。ストリングスとギターのみで奏でられる小曲。Waltz in Blueとは2つで1つという気持ちで作られたとのこと。

全曲の銅鑼の余韻を波がさらうと、少し暗いトーンのストリングスとギターが絡み合います。曲が進むにつれてほんのり灯りがともるようなイメージがあります。凛とした印象のある次のWaltz in Blueとは良いコントラストになっています。

小曲ではありますが、大作の2曲をスムーズ繋げる非常に重要な役割をになっています。

8. Waltz in Blue
付属のDVDにMVが収録(YouTubeでフルサイズを公開中)されただけあって、月光かりの如くと並んでこのアルバムの中核をなす楽曲。前曲の波の音がそのままイントロとなり、月光かりの如くとはまた違った冷たい響きのピアノの音から始まり終始シリアスかつマイナー調の美しいメロディが響きます。曲名の通りワルツの三拍子を取り入れた楽曲です。

RINGを思い出させる硬質な響きのリフから、メロディアスなギターのフレーズ(歌もので言うところのサビの部分)へ移る部分も気持ち良いのですが、二番の引き絞るようなギターの音がいかにも松本さんらしくて個人的には好きですね。二番の出だしで歌うようにメロディを刻むベースも素晴らしい。全部素晴らしい。

曲の展開をさかのぼるようにリフからピアノの音に切り替わりますが、ピアノの演奏を縫って最後までギターが良い意味でしつこく聞こえてきます。New Horizonの頃であれば、ここは短いピアノの音ですっと終わっていてもおかしくないパートです。

これまでに有りそうでなかった、それでいて松本さんらしい素晴らしい楽曲だと思います。この1曲だけで自分の中のアルバムの評価を1段階も2段階も押し上げているような気がします。

MVでは、実際にレコーディングで使用した3本のギターを手に群馬大学工学部同窓記念会館で松本さんが演奏します。シックな色合いと合間に挟まれる少し奇妙な男女の映像が曲の雰囲気にはよくあっています。

9. 花火
Waltz in Blueから続く曲というのは非常にハードルが上がると思うのですが、日本人らしいメロディーが耳をひく素晴らしいバラード、花火が見事に続きます。Waltz in Blueと花火が2曲並んでいる構成は非常贅沢だなと感じます。曲としてはいわゆるブルーズではありませんが、松本さんとしては日本人ならではのブルーズとのこと。

前曲とは打って変わってキラキラとしたピアノの音から始まり、ギターも非常に落ち着いた調子で、線香花火のようだなと思っているとサビにかけて曲がどんどん盛り上がっていきます。何となくですが、花火が夜空に花咲くようなイメージではなく、夜空に火花を散らしながらすっと消えていくイメージのサビです。楽器の音だけではなく、音の余韻まで含めて非常に心地よい曲です。

松本さんのソロであれB'zであれ、正統派のバラードって実は最近ほとんどない(個人的には命名が最後)ので、花火は久々に松本節のバラードを聞けたなという気がします。今年の夏は花火を見るような機会には恵まれませんでしたが、それを補ってくれるような気さえします。

10. Asian root
アルバム中最も短い楽曲です。花火から続けて聞いても割と違和感がない気がします。映画が終わったあとのコミカルなエピローグ的な雰囲気があります。パーカッションとギターのみの曲というと地味に聞こえるかもしれませんが、一口にパーカッションと言っても音色は様々。斉藤ノヴさんによる多彩な音が曲に華を添えます。

明るい曲調ではありますが、タイトルにはアジアで起きている諸問題について、元は一つの起源(ルート)なのだからまとまればいいなという思いも込められているそう。そう聞くと広いアジアを巡るBGMのようにも聞こえてきます。

11. Good News
打って変わって何かいいことあればいいなという思って命名されたGood News。これは歌が入ってないだけで、実質B'zの楽曲に近いですね。この曲のアレンジには大賀さんを起用。大賀さんのアレンジはEPIC DAY以来です。どことなくNO EXCUSEの雰囲気に近い気もします。ギターが一番前でメロディーを奏でるのが大賀さんのアレンジの特徴ですね。

歌もので言うところのギターソロにあたる部分も分かりやすく用意されていて、キーボードソロから繋がるこのソロが非常にキャッチーなフレーズです。そのまま歌ものとしてB'zでも使えそうなノリです、本当に。アルバムの中では一番アップテンポな楽曲なので耳をひきます。

12. Arby Garden
サイケデリック期のThe Beatlesを思わせる作風です。ポップではあるのですが、どこか夢見心地な雰囲気が漂う、まさにサイケデリックといっていいでしょう。ドラムはブライアンですが、彼にしては大人しくシンプルなドラミングに徹しているのはやはりThe Beatlesを意識したからとのこと。

では、タイトルのArbyもAbbey Roadをもじったのかと思えば、これは実際にあるArbyという地名から来ているとのこと。ただ一体どこの地名のことなのかは不明です。アメリカにはArby'sというファストフード店がありますが、これは地名に由来のものではありません。松本さんのみぞ知るお庭ということでしょうか。

The Beatles感を盛り上げているのは寺地さんによるストリングスのアレンジでしょう。The Beatlesというよりはジョージ・マーティン感溢れるストリングスのアレンジが素晴らしいと思います。印象的なイントロもそうですが、ギターソロの裏で追い立てるようなストリングスの音がThe Beatlesだなあと感じます。

13. Lovely
最初に制作された楽曲とのこと。アクの強いそれまでの楽曲からは一変して、海辺で夕陽でも眺めているような甘いトーンのギターが印象的なバラードです。濃い内容のアルバムの〆にはふさわしいでしょう。

最初に制作されたせいかは分かりませんが、比較的New Horizonなどの路線に近い作風で、ギター自体はトーン重視のシンプルな演奏。中間の小野塚さんのピアノソロやグレッグのサックスソロも、それまでの曲とは違って非常にお洒落な雰囲気。

緩めのトーンの裏で細かいリズムを刻んでいる玉田さんのドラミングが素晴らしい。ピアノソロのパートでは崩した感じのドラムが聞こえてくるんですが、それ以外は曲調のわりにマメな感じのドラムが聞こえてきます。それでもうるさいということがないのが不思議です。松本さんの信頼も納得のドラマーです。

以上、完全新曲13曲でのアルバムでした。ブルーズというざっくりしたテーマはあるものの、松本さんのアルバムの中でも一番起伏とバラエティに富んだアルバムじゃないかと思います。あいにくライブは来年に延期されてしまいましたが、このゴージャスな楽曲たちを来年バンドでどうやってアレンジするのか非常に楽しみです。